空中庭園ものがたりの
ずっと昔のこと
(バックストーリー)

かつて、ガルデン王国という国がありました。豊かな大地に支えられ、おだやかな人々が暮らす、小さいけれど美しい王国でした。

ガルデンとはガーデン、庭園という意味の言葉で、その名のとおり、王家の城は見事な庭園に彩られていました。

庭園の門はいつも開かれており、誰でも出入りできたので、村人たちは一日の終わりに、美しい庭園で、沈む夕日を眺めてお茶を飲むのが習慣でした。

その城で育ったプリンセス、シスキアは王家の長女。

村人たちと夕日を眺めるのが好きで、日が傾き始めると、いつも庭園で村人たちを待っていました。

ホーキを手に、嬉しそうに庭の掃除をするプリンセスから、あわててホーキを取り上げ、お庭番の老人に返すのは、プリンセスの教育係のキコローニ

キコローニはダークエルフという種族の娘、浅黒い肌に銀の髪、エルフ族特有の長い耳を持ち、闇を見通す不思議な能力があります。

シスキアとキコローニは、魂の姉妹の契りを交わしています。

王宮の占い師が、そうするように告げたのです。

ガルデン王国は、人間と、エルフ族などの精霊たちが古くから共に共存してきた歴史があります。小さな王国のなかで、それぞれの種族が争いあわぬよう、生まれた子供は、種族を超えて兄弟姉妹となるように決められているのです。

魂には兄弟姉妹があり、同じ時期に王国に存在するように、約束して生まれてくるのだそうです。それを見つけて契りを結ばせる占い師が何人もいます。

シスキアが生まれる前から、キコローニはお城で住んでいました。実年齢では、ずっとずっと年上のはずですが、精霊であるエルフ族の年齢の数え方は人間とは違うのだそうです。

だからキコローニは、シスキアから見て、末の妹ということになっています。とはいっても、王家の血筋にはなりません。精神的なことがらである、魂の兄弟姉妹と、肉体の血筋はすっかり分けて考えられるのが、ガルデン王国の伝統です。

学者肌で知識欲旺盛なキコローニは、シスキアの教育係をおおせつかっており、すぐ王宮で迷子になるシスキアを探しまわるのが日課です。

庭掃除のホーキを取り上げられて、ふくれているシスキアのドレスの裾をはたきながら、キコローニは遠い世界を夢見ています。

数ヶ月前、旅のダークエルフが王国にやってきて、キコローニが純粋なエルフでなく、ダークエルフの子であることを彼女自身に告げました。

ダークエルフの種族は、ガルデン王国には住んでいませんので、キコローニは子供の頃に王国に紛れ込んだらしいのです。それが何十年前なのか、何百年前なのか、シスキアは知りません。

本来、エルフの肌は抜けるような白い肌で、キコローニのような乾いた大地の色ではありません。ずっと色黒であることを悩んでいたキコローニは、自分がダークエルフであることを知って、長年の悩みが消えたのだそうです。

今は、ダークエルフという種族への関心で、心がいっぱいになっています。いつか旅に出て、ダークエルフの故郷へ行き、いろいろと調べるのが夢なのだそうです。

それと、同じく幼い頃からの悩みだった言葉のナマリが、ダークエルフの故郷のとあるエリア特有のナマリということがわかって、これまた、キコローニはごきげんです。

ぼそぼそと小さかった声も、少し大きくなりました。

王宮の庭園の一角には、果物のなる樹ばかりを集めた、果樹園があります。

ここに住んでいるのが、エルフ族のアンスズ。アンスズもまた、シスキアの魂の姉妹の契りを交わしており、シスキアの下の妹、次女にあたります。

金の髪、白い肌のアンスズは、キコローニと違い、生粋のエルフ族です。しかし、同じエルフ族でさえも、彼女を理解できるものはいないと言われるほどの変わり者です。

なにしろ、果物以外に興味がないのです。日々、果樹園を回って丹精しています。

おかげで、王宮の果樹園は豊作続き。

にも関わらず、そのすべてを自分の倉庫に貯めこんで、王宮の料理番にも渡さないものですから、もう長いこと王宮では、果樹園からの収穫はゼロ。果物は毎日、市場に買出しに行っています。

それでも誰もアンスズを追い出さないのは、彼女の作る果樹園が本当に美しく、風に乗ったかぐわしい果物の香りで庭園が満たされているからでしょう。

もうひとり、王宮には姫がいます。シスキアの実の妹で、姉妹では三女にあたります。

彼女の名はこのものがたりでは明かされていません。彼女は剣をとり、あるものを求めて旅に出ます。ときおり手紙をシスキアたちに送ってくる以外、ものがたりを語ることはありません。

やがて、平和なこのガルデン王国に、血の惨劇が訪れます。

ケンラウヘルと名乗る男と、ケレニスと名乗る魔女が現れて、王城を乗っ取ってしまったのです。

シスキアたち姉妹4人は、かろうじて城を脱出し、王国から逃げ落ちます。あとで、伝え聞いたところでは、父王は殺され、母である王女はケレニスの魔法であやつられて、ケンラウヘルに王位を授与したのだそうです。王位を与えたのち、殺されたとも聞きました。本当のところは、わかりません。

わかっているのは、搾取に次ぐ搾取で、王国から富をしぼりとると、王宮に村に森に火を放ち、すべてを焼き尽くして、ケンラウヘルとケレニスは姿を消したということです。

追っ手から逃れ、4人は互いに支えあいながら、アデンと呼ばれる王国に逃げてきます。ここには、エルフ族の故郷があるのです。

アンスズはエルフの森に帰り、ひさしぶりにマザーツリーの足元で休みました。

キコローニは、ダークエルフの村を探して道を分かちました。

三女もまた、道を分かち。

そしてシスキアはひとり、小さな島にたどりついたのです。

歌う島、と呼ばれる小さな島。

やがてある日、旅の合間に立ち寄ったシルバーナイトタウンと呼ばれる地で、シスキアは空を仰ぎます。

青い空はどこまでも高く、その向こうに、今はもう無くなってしまった故郷のお城の、あの美しい庭園が見えたような気がしました。

背中に背負った荷物入れの中で、ジャランと軽い金属の音がします。

たったひとつ、故郷から持ち出してきた、庭園のカギの束。

もしも門番がカギを開け忘れても入れるように、村人に配られていた、たくさんのカギです。

ひとつはずして手にとると、緑色の石がついたそのカギが、淡く輝いてわずかに宙に浮かびます。

まるで、高い空の彼方に浮かぶ、まぼろしの庭園に向かって、還ろうとするかのように。

シスキアは、街角に立つ血盟執行員の前に立ち、願い出ました。

「血盟を創りたいと思います」

「名前は‥‥」

「――空中‥庭園‥‥そう、クラン、空中庭園」

「旗印はカギです。緑色の石のついた、カギです」

「ええ、カギは私の故郷の、平和と自由の象徴なんです。そんなクランを創ります」

ここから、ものがたりは始まります。